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ゴルフの歴史

ゴルフの歴史

ゴルフがいつどこで生まれたのかという起源は定かではありません。

古代ローマ、スコットランド、北欧、オランダ、フランスなどいろいろな説がありますし、なかには中国の「捶丸」(チュイワン)という競技だという説もあります。

しかし、ゴルフが近代スポーツとして確立したのはスコットランドであることには間違いありません。

1457年にスコットランドの国王ジェームズ2世がゴルフ禁止令を出したという記録が残っており、当時騎士が弓道や剣道の稽古をさぼって熱中するほどゴルフが広まっていたことが伺えます。

18世紀中頃にはエジンバラとセント・アンドルーズにゴルフクラブが設立され、1860年には世界初のゴルフ大会として全英オープンがはじまりました。

19世紀末にはイングランドやアメリカでもゴルフが流行しはじめ、ゴルフは世界的なスポーツになっていきます。

日本で最も古いゴルフ場は、神戸市の六甲山に作られた神戸ゴルフクラブで、1901年に創業しました。1904年には六甲山麓に横屋ゴルフ・ アソシエーションが、1906年には横浜の根岸競馬場内に9ホールのニッポン・レース・クラブ・ゴルフィング・アソシエーション(NRCGA)も誕生しました。

但し、これらは外国人がつくった外国人向けのゴルフ場です。

日本人がイニシアティブをとってつくったゴルフ場としては、1912年の長崎県営のパブリックコース、雲仙ゴルフ場(9ホール)が最初です。1913年には井上準之助氏が中心となり東京・駒沢(今の駒沢オリンピック公園)に東京ゴルフ倶楽部(6ホール)も作られました。

日本で始めてのゴルフ大会は1907年に開かれた、六甲と横浜・根岸の倶楽部対抗戦と思われます。その同じ年に六甲で第1回日本アマチュア選手権も開催されています。

しかし、これらは全て外国人だけの大会で、日本人が日本アマチュア選手権にはじめて参加したのは1916年の大会の一色虎児選手が初めてです。

ただし、これとは別途、1915年には第1回東京・横浜(根岸)対抗競技がはじまり、1917年には神戸・東京対抗競技も始められました。

そして1918年、駒沢で初めて行われた第12回日本アマチュア選手権で、遂に井上信選手が優勝し、上位5位までを日本人が占めるなど、日本のゴルフが外国人の手から日本人の手に移る第1歩を踏み出しました。

1922年、イギリス皇太子のご来日の折は、日英両皇太子が駒沢コースで親善ゴルフを行われました。これによって、日本国内におけるゴルフの位置づけもあがり、その後の発展に大きな影響を与えました。

1924年には当時存在した7つのゴルフ倶楽部が集まり、ジャパン・ゴルフ・アソシエーション(JGA)が設立されました。後に日本ゴルフ協会に発展する組織です。翌年からはJGAが日本アマチュア選手権を主催することとなり、また、1927年には日本オープン選手権、アマチュア東西対抗競技をはじめるなど、日本のゴルフはますます発展していきます。

日本最初のプロゴルファーは、横屋コースに自宅の一部をクラブハウスとして提供していた福井家の次男、福井覚治選手です。彼は多くのアマチュアゴルファーのレッスンを行って生計をたて、また1926年11月に開催されたわが国初のオープン選手権である第1回関西オープン選手権で、圧倒的強さをみせつけて優勝しました。

1925年には日本発のプロゴルフ大会、大阪毎日新聞杯争奪「全国プロフェッショナル・ゴルファーズ優勝大会」が茨木カンツリー倶楽部で開催されました。この大会では福井覚治選手とその弟子である宮本留吉選手が激しい争いを繰り広げ、最後はプレーオフで宮本選手が優勝を決めました。

この宮本留吉選手は後に1929年に安田幸吉選手とともにハワイ・オープンに出場、日本人選手の海外遠征の幕を開きました。また32年には全英オープン、全米オープン、カナダ・オープンにも挑戦し、カナダ・オープンでは本戦にも出場しています。

昭和に入って、ゴルフコースも次々に出来、ますますゴルフ人口は増えてきましたが、残念ながら太平洋戦争に突入してゴルフが事実上できなくなり、ゴルフコースも荒廃するなど、ゴルフにとって苦難の時期が続きます。

しかし、1957年に霞ヶ関東コースで開かれた第5回カナダカップ・ゴルフ大会で、日本が団体優勝し、個人戦でも中村寅吉選手が優勝したことにより、第一次ゴルフブームがはじまります。

日本の高度経済成長により生活にゆとりが出てくると、ゴルフ熱はさらに高まりました。1970年代、選抜高校野球で優勝したピッチャーの尾崎将司選手がプロゴルフに転進し、日本プロ選手権で優勝したのをきっかけに、第二次ゴルフブームが到来しました。「ジャンボ尾崎」のニックネームは老若男女の誰も知らない人はいないほどになりました。

このころになると、ゴルフをすることはステイタスシンボルのように見られるようになり、会社の接待などでも人気となり、会員権が億単位で売買される異常な事態がもたらされました。

しかし、その後バブルがはじけ、ゴルフ会員権の価値は大幅に下がり、倒産するゴルフコースもたくさん出てきました。

不景気は長期化し、高齢化もあいまって、ゴルフ人口は減少し続けています。

しかし、最近はそれもようやく下げ止まりつつあり、また若いゴルフ選手たちの海外での活躍もあって、ゴルフ人気も回復しつつあります。

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